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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

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打牌選択

17/03/11 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:400

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 ◇
 人差し指と薬指で麻雀牌を捉える。俺の祈りが神様に届いたか問うように、牌に彫られた絵柄を親指で数回なぞった。牌を見ずとも感触だけで種類を判別できるのだ。

 だがその瞬間、俺は椅子ごと泥沼に突っ込まれた気分になった。冷や汗が急激に浮かび、背を伝う。
 俺の勝ちは刹那でこの手を、するり擦り抜けたと確信した途端、対面の「ツモ」の声が緊迫した空気を震わせた。

 ◇
 俺の所属する麻雀プロ団体で、年に一回行われるタイトル戦。プロ七年目にしてようやく決勝まで辿り着いた。点差も射程圏内だったというのに、俺は最後の最後でミスをしてしまった。
「お前もあそこは効率を考えての三色狙いだろ?」
「まぁな。最悪裏目引いても、点数的には問題無いし」
 タイトルを逃した残念会ということで、俺は同期の箕島と一緒に馴染みの居酒屋へと来ていた。
「だよな。それで負けたんだから、麻雀の神様に裏切られた気分だよ」
 俺は自分の気持ちをぼやかすように、おしぼりを乱暴にテーブルへと投げた。
「おい滝宮、一ついいか?」
 箕島の声のトーンが、コンクリに落としたボーリングの玉みたいにズンと下がった。その次の言葉を聞き逃さぬよう、俺はグラスに残る半分ほどのビールを空けた。
「言いたいことはわかるよ」
「じゃあ、滝宮の思ってる通りのこと言うわ。お前何で、オーラスで自分のスタイル曲げたんだよ」
 それは、まさに俺が己に対して罵声として浴びせたい言葉だった。
「……悪いかよ。俺は何が何でもタイトルが欲しかった」
「それであのザマか。お前にしか打てない麻雀だったから、決勝まで残れたんじゃないのかよ」
 そんなこと重々承知なのにもかかわらず、俺の口からは年配雀士のジョークよりもつまらない言い訳しか出てこない。
「それは結果論だろ。もしあの打牌選択が上手くいってたら……」
「滝宮。お前は今日、負けるべくして負けたんだと思うぞ」

 俺たち麻雀プロは、日々麻雀について研究し、凌ぎを削り、そうやって自分の麻雀スタイル、雀風を作り上げていく。熱心な子どもの積み木みたいにコツコツと、そこに勝ちが加わっていくと、一層自分の打ち方に自信を持つようになった。

 箕島は理論派雀士、常に最善手を考える雀風だ。
 反対に俺は、自分の感性を信じて麻雀を打つ。箕島に首を傾げられることがしょっちゅうだけど、俺はこのスタイルで勝ちをもぎ取ってきた。だから雀風を変えるつもりなんてこれっぽっちも考えたことがない。
 それなのに……。

 ーー箕島と別れ、俺は地下鉄も使わずに夜空の下を歩く。負けた時はいつも反省を兼ねて、散歩をしながら帰ると決めていた。

 今日の王位戦決勝。優勝カップに手が届く寸前で、俺は箕島みたいな打ち方、効率を優先した。本来の雀風から、故意的に目を背けたのだ。
 マジョリティーに従って負けるのなら仕方ないなんて、情けない考えが頭をよぎっていたのかもしれない。
 普段の俺なら直感を大事にし、それが辛く険しい一手だとしても、信じ貫いていたはずだったのに。

「麻雀を裏切ったのは、俺の方か……」
 箕島の「負けるべくして負けた」という言葉を噛み締めながら、俺は地面を踏み締めた。
 自分の失敗、敗戦を嘆くのは、その日限りと決めている。もしまたチャンスが巡ってくるというのなら、俺はその時まで歯を食い縛り、前を向くしかないのだ。

 ◇
 ……雪辱戦とでも言うべきだろうか。
 自分の麻雀を裏切ったあの日から一年。俺はまた、同じ舞台で戦っていた。
 第58回王位戦決勝オーラス。この一局で、全てが決まる。
 奇しくも展開は一年前と酷似していた。俺が二位で、トップを狙える点差につけていた。

 ただ、今回は相手が違う。俺の眼前には、箕島が座っていた。俺は箕島の背中を追いかけている状況だった。

「ポン!」
 箕島の一声。箕島は点数など気にせず、ただ誰よりも早く手を作ってアガれば良い。俄然有利な状況だ。

 ーー息が上手く吸えない、苦しい。たった15グラムがやけに重く感じる。手の平に浮かぶ汗を鬱陶しく思う。

 俺は一牌掴み、ゆっくりと自分の手牌に加えた。すると右手から脳にかけて、電流が走る。
 ここが分岐点。今、重要な打牌選択を迫られている。俺は一牌を卓上へ切り出した。

 ……迷うな。俺は俺の過ちをここで取り返す。自分の感性を、雀風を信じる。それで負けたのなら悔いは残らない。俺は一年前、負けるにしてもそういう潔い負け方をするべきだったのだ。

 こめかみを伝う汗など意に介さず、幾度となく繰り返した動作で、麻雀牌の山へ俺は指先を伸ばした。

 俺は再び、あの日と同じように麻雀の神様に問う。
 “今日の俺に、勝つ資格はありますか。”

 ーーその掴んだ一牌は、何度でも指先でなぞりたくなる感触に満ちていた。


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