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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
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ヴィルトゥス

12/11/12 コンテスト(テーマ):第十七回 時空モノガタリ文学賞【 エレベーター 】 コメント:2件 高橋螢参郎 閲覧数:2249

時空モノガタリからの選評

最終選考

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奴隷メムノンはその日も大型闘技場の地下で、歯車を回していた。
彼らの回す歯車は昇降機を動かし、剣闘士や猛獣といった、ありとあらゆる暴力をコロッセオの舞台へと送り出すのだ。
学や富こそないにしろ、それでも奴隷としては幸せな部類だ。命のやり取りに晒されはしないし、日に何度かの試合のあるまでは、待機させられている事の方が多かった。
呑気に談笑する他の奴隷を尻目に、メムノンは独り悩んでいた。
送り出した剣闘士はほぼ半数が帰って来ない。凡そ五度の勝利で解放されるというが、そこに辿り着くのは至難の業だ。ましてその栄冠には五倍もの屍を伴う事を忘れてはならない。闘技と言えども、所詮は見世物の為に人が殺し合うのだ。
無論興業を主催しているのは皇帝や貴族といった連中だ。参加する側も、闘技が隆盛を極めた昨今では望んで剣闘士になりたがる手合いすらいると聞く。馬鹿げた話だ。だが、しかしとメムノンは擦り剥けた掌を見つめる。
直接手を下したのは、昇降機を動かしているこの俺自身なのだと。メムノンの高潔な魂は決して己自身を許さなかった。
―俺達と、対岸の人間が昇降機を作動させ続ける限り、多くの人間が惨たらしく死んでいく―
この闘技場自体が死を玩ぶ邪悪な装置であり、その中心部に自分達が置かれているような感覚を、メムノンは以前より覚えていた。とは言え自身も奴隷の身、元より選択の自由など無いのだ。
そしてまた、一人の剣闘士が案内役に連れられてくる。功名に釣られた手合いか、致し方なくここへ来たのかは一目見れば解る。後者であれば贖罪の為にも名前を聞き、神の加護を祈ってやった。もっとも、名を聞き出せる様な精神状態にない者も少なからず居たが。
この日の人間はそのどちらとも少し違っていた。名声も生命への執着も我欲の世界にある。そういったものを、目の前に居る男は超越してしまっている様に見えたのだ。
彫刻の如く均整の取れた、褐色の美しい肢体。手にはグラディウスと粗末な盾、右腕に申し訳程度のマニカを身に纏った、ローマ人ならぬ異民族の青年だ。産まれを聞くとヌミディアだという。
その名を聞き出すと、メムノンは再び「ああ、またか」と自らの業の深さに辟易としてしまうのだった。
「ヴィルトゥス」と。青年は確かにそう答えた。
間違いなく本名ではない。その名をメムノンは幾度となく聞いてきたからだ。勝利の神、ヴィルトゥス。縁起担ぎにそう名乗った男は、これまでにも数え知れなかった! 殊異国から連れられて来た者にローマ風の名などありはしない。彼らを買った興業屋共が自らの富欲しさに付けた、どこまでも浅ましく愚かな名だ!
ともあれ、そういった事情などここに立つ一人の青年にはどだい関係のない事だ。ただ「生きて帰って来いよ」と声をかけると、ヴィルトゥスは黙って微笑んだ。後ろでは奴隷仲間の「あいつに賭けたんだな」と冷やかす声が聞こえて来る。―この下衆が! メムノンは叫び出しそうになった。
仲間達と円になり、昇降機の動力を回す。ハンドルを握った手に伝わるヴィルトゥスの重さに、メムノンは自問した。
俺は調子の良い事を言って、また一人善良な若者を己のパンと引き換えに、血と悪意の渦巻くサーカス小屋へと放り込んだのだ。どう足掻いても正当化など出来はしないが、せめて俺の細やかな祈りが通じてくれ。
メムノンは青年の勝利を、天のヴィルトゥスへと希った。
一刻もせぬ内に、歓声と熱狂の声が地下にまで伝わる。何よりこの瞬間がメムノンには堪え難かった。渦を巻く人の悪意、前途ある者の死、全てが集約された地獄の窯の滾る音だからだ。
しかしヴィルトゥスは戻って来た。傷から滴る血と返り血と闘技場の砂とを混ぜながらも、五体満足に、自らの足で。メムノンはこれにひとまず安堵した。陰に対戦相手の死を知りながらも、ただただヴィルトゥスに感謝を捧げずには居られなかった。とは言え、一度きりの勝利では決して喜べぬ。これを五度、六度と繰り返すのは並みの奇跡ではない。メムノンは賭けに負け自棄になっている同僚の傍らで、これより先に待ち受ける苦難を想像し、独り戦慄していた。
だがヴィルトゥスは勝ち続けた。しかもただ暴力で勝ち続けるだけではない。敗者の助命をも乞うその気高き姿に、メムノンは地上より差した一筋の光明を見る思いであった。
あと三勝、あと二勝。メムノンは彼の勝利を伝え聞く度指折り数えた。ヴィルトゥスへ賭けたなけなしの日銭は、全て自らを買い戻す為の資金へと充てた。彼の人は正しく、勝利の神であった。
ヴィルトゥスの―延いてはメムノンの解放を賭けた最後の勝負の前も、メムノンはヴィルトゥスへと声をかけた。
「ヴィルトゥス、疑って悪かった。あんたは人の姿を借りた、紛う事無き勝利の神だ。勝ってくれ。そして俺に光を見せてくれ」
ヴィルトゥスはその問いに、黙って微笑んだ。


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このストーリーに関するコメント

12/12/16 草愛やし美

高橋蛍参郎さん、拝読しました。

面白かったです。私にはまったく知識のない古代ローマ時代の話ですが、内容が深く、人間そのものに通ずるものを感じます。温かい気持ちなど微塵も持てないような、この奴隷のような世界にあってそれでも、人として凛として生きていく美しさに感動しました。

12/12/17 高橋螢参郎

>草藍さん

ありがとうございます。先の投稿システムの時から数えても
コメントの付いた事がこれまでなかったので、今非常に恐縮しております。
ローマの知識もPS2の某剣闘士ゲームと白泉社ヤングアニマルで連載中の
『拳奴死闘伝セスタス』を通して読んだ程度なので....(ステマ)

お金かかってる時は絶対1作は出そうと決めているので、宜しければ。
また草藍さんの作品も拝読させて頂こうと思います。

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