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翔音さん

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人生シンキングタイム

17/03/10 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 翔音 閲覧数:302

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 「僕は、人生に失敗した。」
 一杯百円のやっすいビールを飲みながら今日幾度となく吐いたセリフを同じように吐いた。同じように聞き手のいないそのセリフは居酒屋の散らかった空気に溶けてゆき、消える。
 人生の選択をどこで誤ったのかと聞かれればはっきりとは答えられない。今となってはすべての選択を誤ったようにさえ思えてくる。
 人生における岐路に立たされたとき必ず現れるヤツがいる。真っ赤な仮面を被ったそいつは白いシルクハットをかぶり、白いタキシードを着ていた。首には木の板をぶる下げていてそこには「案内人」と書かれていた。僕はそれを引き合いに出して怒鳴ったことがある。「案内人ならもっと親切に道を案内しろよ!」僕がそう怒鳴るとそいつは決まって「わたくしはあなたが進むと決めた道を案内します。しかし、わたくしに道を選ぶ権利はありません」と答えるのであった。
 そいつが最初に現れたのは小6のときだった。私立中学にするか公立中学にするか決めていいよと父親が言ったとき、そいつはどこからともなく現れた。右手には「A 私立」という札をもち、左手には「B 公立」という札を持っていた。「それでは!人生のシンキングタ〜イムスタート!」そいつはそう言って楽しそうに左右に揺れ始めた。僕はBを選んだ。するとそいつは「ご案な〜い」とまた楽しそうにいってAの札を真っ二つに折った。
 それから僕はずっとBを選び続けた。途中まではちゃんと選んでたが、もう最近は意地であった。意地でずっとBを選び続けた。何の意地だと聞かれれば自分でもわからない。
 そして結果、今僕は42歳独身。彼女もなし。貯金もなし。そして今日会社を首になりました。ずっとBを選び続けた僕がこんななんだからずっとAを選び続けたやつはきっといま手に余るほどの幸せを得ているのだろう。
 「僕は、人生に失敗した。」
 「俺もです」
 前回と同じようにそのセリフは空気に溶けてゆくはずだったのだが、誰かに捕まえられたようだ。
 ジョッキから顔をあげるとそこにはヨレたスーツを着た男が立っていた。僕と同じような格好だ。よく見れば歳もそうかわらないだろう。
 「俺は、人生に失敗しました。」
 男は掴んでいた僕のセリフを今度は僕に向かって放ってきた。僕はそれを掴む。
 「隣どうぞ。一緒に飲みましょう」
 男は素直に隣に座り、ビールを頼む。
 「2年前、俺には嫁さんがいました」
 聞いてもいないが男は自分の話をし始めた。
 「同じ中学校で出会った長い付き合いの嫁さんでした。自慢じゃないですが俺たちの通っていた中学校は有名な大学の付属中でお互いに家柄もよくって結婚まで誰からの反対もなかった」
 「私立中ですか…」
 「ええ、Aを選びましたから」
 そこで頼んでいたビールがきて、僕と男はなんとなく乾杯をしてみた。Aを選んでいたら僕も結婚できたにちがいない。そんな思いが強くなっていた。
 「子供も生まれたんですが、なかなか些細なことで喧嘩が多くなってきて、何が原因ってわけでもないんですが、一昨年離婚しちゃったんですよ…」
 「そうだったんですか」
 「それでそっからは仕事一筋で小さいながらも自分の会社なんかも持ってたんですけど…経営不振で今日、潰れました」
 「今日…ですか…」
 「おかげで42歳独身。彼女なし。貯金なし。そんで無職ですよ」
 そう言って男は可笑しそうに笑った。
 「奇遇ですね、僕もなんですよ」
 「そうなんですか」
 男は少し驚いた表情を見せたがすぐに眉を下げて
 「人生に失敗したものどうしですもんね」
 と言った。
 「僕はずっとBを選び続けました。あなたは?」
 「俺はずっとAを選んだんですがね」
 今度は僕がおどろく番だった。
 「結局おんなじなんですね」
 「結局おんなじです」
 ふたりで顔を見合わせて笑った。
 そこにマスク男が現れた。右手には「A 帰る」、左手には「B 飲み続ける」。
 「僕、別の考えがあるんです」
 「奇遇ですね、俺もです」
 「カラオケいきません?」
 僕らの揃った声を僕らはお互いに掴んだ。
 「いってらっしゃ〜い」
 マスク男はそう言って溶けていった。


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