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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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与えられた餌を食わぬ犬を蹴るなよ泣けてくる

17/03/10 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:7件 クナリ 閲覧数:467

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 絵を描くことが趣味だと、クラスでバレてしまったのは失敗だった。
 中学二年生の僕らにとって、足が速いことはカッコいいが、絵がうまいことは往々にして嘲笑の対象だということは、周知の事実だというのに。
 七月頭の、今日の放課後のHRで、秋の体育祭のための横断幕を各クラスの生徒が描くことが知らされた。すると、一人の同級生が
「先生、コスギくんが絵が得意です」
と言い出した。小学校が同じで、僕が漫画の模写をするところをよく見ていた奴だ。中学からは絵を描くことをひたかくしにしていたのに。
 クラス中が一斉に、「じゃあコスギで決まりだな」というムードになった。担任の先生もウンウン言ってる。
「待って、待ってください先生」
「どうしたコスギ?」
「僕の絵は特にうまくもありません。辞退させてください」
 僕に横断幕を一任するという、最も面倒くさくない方法に対して意義が出たことで、クラス中がざわめいた。黒髪で眼鏡の僕は、クラスの犠牲になるのがふさわしいポジションなのに、何を逆らっているんだという空気だった。
「そう言うなコスギ。皆がお前を選んだんだぞ」
「いや、選んだっていうか……。それに僕の絵はイラストレーションで、横断幕とは全くジャンルが違うんです」
 自分としてはかなりまっとうなことを言ったつもりだったが、クラスの誰にも、伝わった様子はなかった。
「コスギ、何を恥ずかしがっているんだ」
「何って、先生」
「絵が描けるのは恥ずかしいことか? 素晴らしいことじゃないか。ゴッホだってピカソだって、人が見てくれるから評価されたんだぞ。絵は、人に見られて初めて価値があるんだ。チャンスがあったらどんどん人に見てもらうべきだ」
「それは分かります。でも、僕の絵をどこで誰に見てもらうかは、僕が決めてはいけませんか」
「コスギ、そんなに体育祭という舞台が嫌なのか。こんな中学校の大会では、馬鹿馬鹿しくて描きたくないか?」
 クラスがどよめいた。「何様?」とか「プロかよ」という声が聞こえる。
「プロだなんて考えたこともないよ!」
つい叫んだ僕に、
「何本気にしてんだよ!」
と罵声が返った。
「いいかコスギ。一人で描いて抱え込んでたら、お前の絵もかわいそうだと思わないか。お前が一番、自分の絵に失礼なことをしようとしているんだぞ。いや、こんなチャンスをフイにして、世の中の絵を描いている人たち皆に失礼だ」
 先生の、何目線なのか全く分からない言葉を聞いているうちに、目の前が暗くなってきた。
「でも僕は、描きたくないです……」
「コスギ、先生の目を見て言ってみろ。絵を描くのは、そんなに恥ずかしいことか? 漫画のような絵は、隠すほど恥ずかしいものか? 人に絵を見てもらうって、そんなに悪いことかなの?」
「……いえ……そんなことは……ないです」
先生はにっこり笑った。
「そうだよな」

 教室の中が僕一人になっても、僕はまだ腰を上げる気力すらなく、自分の席に座っていた。
 教室のドアが開いて、副担任のヤマグチ先生が入ってきた。
「あれ、コスギ君。まだいたのね」
「……ええ」
「横断幕描くんだって?」
「僕は嫌だって言ったんだ!」
 つい大声が出た。ヤマグチ先生が驚いている。
「あ、……すみません」
「いいえ。辛いのなら、断っていいのよ」
 顔が上げられなくて、先生の膝から下だけが見える。だからだろうか、口から本心がこぼれた。
「僕は、自分のために描きたいんです。絵は好きです、でも描きたくないものを描くのは嫌だ。選ばれたとか、失礼とか、知ったことじゃないんだ」
「家で、何か描いてるの?」
「漫画描いてます」
 言ってから、また失敗したと思った。本当のことなんて、何一つ人に知られていいことなんかないのに。
 しかし、先生は何も言わなかった。
「あのう……何かないんですか。凄い、とか今度見せて、とか」
 小学校の頃に何度も言われたおためごかし。本当に楽しみにしてくれた人なんかいやしないが。
「言ったら見せてくれるの?」
「まあ、どうしてもって言」
「どうしても」
 その時、思わず先生と目が合った。黄昏の中で、初めて僕は、この学校で教師という存在と向き合った気がした。
 HRからずっと我慢していた涙がこぼれた。
「先生、僕は、誰かに絵を見てもらいたいです」
「うん」
「でも、犬に餌をやるような目で見る連中に見られるのは、嫌なんだ」
「うん」
 横断幕は描かない。それだけは心に決めた。
 クラスから孤立するかもしれない。それでも構わない。

 ヤマグチ先生は、泣き続ける僕に、ハンカチ一枚差し出さない。
 恐らく目を拭けば腫れてしまい、泣いた痕跡が残ってしまうからだ。
 そうした気遣いに気づく度、僕の涙はさらに流れた。
 机に落ちた滴がいくつかつながり、夕焼け色に光っていた。


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このストーリーに関するコメント

17/03/10 のあみっと二等兵

拝読させていただきました。
タイトルがかなり過激に感じてしまい、プルプルしながらタップして、読みました←すみません(笑)
中学生のコスギくん、私はとても好きです。
周りにどう思われるか、と、本当は見て貰いたい。でも嫌なモノは嫌だと一本確かな何かをちゃんと持っている。それを人は「プライド」と言うのでしょう、と私は感じました。
意地とプライドは、ギリギリの所でせめぎ合うモノなんだよなぁ……なんて、勝手に思いふけってしまいました、すみません(笑)
素晴らしい作品を有り難うございましたm(__)m

17/03/10 石蕗亮

拝読致しました。
よくよく共感する内容でした。
誰かのためではない。自らの為に。その通り。
でもその意思を学校という閉鎖社会で主張することの抵抗はいかほどか。
作品の内容以上のものが溢れてくる濃厚で熱い作品でした。

17/03/12 待井小雨

拝読致しました。
自分達が「上の存在」であると無意識に感じているクラスメイトからの「お前に描かせてやる」「別に大して見たい訳じゃないけどそれを見てやる」というような圧力。屈辱でしかないと思います。
心から好きで描いているからこそ、周囲のこういった視線は苦痛でしかありません。
見当違いな感想になっていないでしょうか。どうしてもコメントを残したく思った話でしたので……。
心に残る作品をありがとうございました。

17/03/12 クナリ

のあみっと二等兵さん>
このようなタイトルで、このような内容でしたッ。
同じような思いをした方は、結構多いんではないかと思っています。
プライドなんて捨てるべきだという人もいれば、プライドは守るべきだという人もいて、全ては結果論にしかならなかったりして、なかなか空しいです。
絵を描くのは楽しいですが、他人が介在すると、なかなか複雑になりますしね……。

石蕗亮さん>
絵に限らずとも、自分を主張したり、自分のやりたいことをオープンにすることのリスクはつきまといますよね。
子供のときだけでなく、大人になってもそう感じます。いまだに、小学校のクラスという小さな村の中にいたときと同じ息苦しさを感じるとは、なかなか切ないですねー。。。
コメント、ありがとうございました!

17/03/12 クナリ

待井小雨さん>
なんで絵って、描いていると周りから一段へりくだることを求められるときがあるんだろう……と今でも不思議です。
大学の漫研ですら「描かせてやってる」という感じでしたからね……。
うまくなりたければ客(閲覧者)を選ぶなとも言いますが、自分が一番出したい場所へ、出すべきものを出す自由も書き手にはあるとおもいます。
ありがたくコメント頂戴いたします、そのような思い入れを持っていただけて感無量です。

17/04/03 霜月秋介

クナリ様、拝読しました。

描きたくないものをいやいや描いても、いいものは出来ないですよね。描きたいという創作意欲があってこそだと思います。
私もかつて漫画家志望だったので、この主人公の気持ちはよくわかります。私の場合は高校のとき「ヲタク」「アキバ系」の用語が流行してた世代だったので、漫画家志望であることを周囲にカミングアウトするのは恥ずかしかったです。

17/04/09 クナリ

霜月秋介さん>
自分の好きなものを好きだとカミングアウトすることの、何が恥ずかしいの?…と聞かれると、「確かにな…」とは思うのですが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいですよねえ。。。
絵、特に漫画系統の絵ってなかなか価値観的に難しいなあと感じるのは、たとえば大工さん志望の高校生ができの悪い構造体を作ったとしても、「まだそれくらいで当然だよ!」と励まされこそすれ、恥ずかしいもの扱いされる要素はみじんもないと思うんですが。
これが漫画絵となると、クラスの中で囃したてられたりするものになってしまうと。
笑われたって気にすることないよというのはもちろんなんですが、自分が気にするとか以前に「笑われること自体が強烈に不愉快」というのも事実なんですよねー。

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