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ブルーベリー

17/03/09 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 .jp 閲覧数:870

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 男が痛みで目覚めたとき、彼は人々の下敷きになっていた。仰向けのまま体のあちこちを延々と踏みつけられ、起き上がることもできなかった。
 彼には記憶がなかった。自分がなぜこんな状況に陥っているのか見当もつかなかった。最後の記憶は、自宅の冷蔵庫にあったブルーベリーをひとつまみしたこと。でもそれが今日なのか昨日なのか、1週間前なのか1ヶ月前なのか、それがわからない。
 人々の隙間から射しこむ陽のリズムは彼らの歩行速度を反映していて、同時にその反復が、男の意識を催眠的領域へと追いやる。そんな領域で漂い続ける疑問(彼らには罪悪感ってものがないのか?いくら人が密集しているとはいえ、踏むまいとする労力も惜しいのだろうか?)を表まで浮上させたのは、そのリズムが鈍り、人々が歩みを緩めても、下で仰向けになった人間を踏むという行為はそのまま継続される、という事実の判明だった。
 歩みが緩んだ場合、男を踏む人数は減り、1人1人の踏む時間がそのぶん増えることになるが、歩みが速まればその逆が起こるだけなので、踏力をランダムな要素とした場合、そのダメージはほぼ一定になる、という悲惨な法則の発見に加えて男をさらに悲しませたのは、自分には怒りを抱くだけの体力すら残されていない、ということへの気づき。
 痛みが男を包み、意識がかろうじてその死を覚悟したそのとき、男の目に、爆乳が飛びこんできた。
 爆乳。おっぱい。破けた衣服からこぼれ落ちた、2人の女の爆乳。それが男の真上で剥き出しに揺れていた。ぶるんぶるん。ぶるんぶるん。射しこむ陽光がその質感と立体感を演出し、それが男の脳髄に突き刺さる。おっきいおっぱい。
 意識が戻った。

 セックスしなければならない

 さて、人々の動きが再び活発になり、おっぱいが瞬く間に男の頭上へ流れ去ってしまうと、男は這うように地面を進んだ。何度も踏みつけられ、気を失いそうにもなった。でも諦めなかった。
 
 男が立ち上がると、そこは知らない街だった。
 車道いっぱいを人々が隙間なく覆い、ひとつの方向へとぞろぞろと蠢いては、そこらじゅうに散乱した車やゴミを呑みこんでいく。
 普通じゃないということだけを確認すると、男は人々が向かうのとは逆方向へと歩く。

 ファストフード店に入る。
 店内が荒らされたように散らかっていて、店員すらいないなか、奥の席にちょこんと、女が1人。彼女はシェイクを飲みながら、上に備え付けられたテレビをぼーっと眺めている。部屋着のまま外に出てきたような出で立ちだったが、可愛かった。
「ハロー」
 男は女の向かいに座る。
「いまいち外で何が起きてるかわかんないんだけど、あれどうなってんの?」
「逃げようとしてんでしょ」
 女は男には1目もくれず、テレビのスポンジ・ボブに釘付け。
「逃げる?」
「どこ行ったって、逃げられやしないのにね」
「逃げるって何から?」
「隕石」
 女は眼球ひとつ動かさない。
「おたく、そんなにスポンジ・ボブ好き?」
「別に」
 男は女のシェイクをひとくち飲むと、
「うちこない?」
「うちって、あんたんち?」
「そらそうよ」
 そこで女は初めて男を見た。1通りチェックして、なんとも言えない嫌そうな顔をした。
「ま、いいよ」

 男と女は、人々の間を縫って歩いた。どこまで行っても人だらけ。
「うんざりしちゃうよね、こういうの」
 女は語る。
「いつもはああだこうだ言ってもさ、いざとなりゃこうなんだもん」

 数分後、2人は高層マンションの最上階にいた。セキュリティが機能しておらず、簡単にそこへ辿り着くことができたうえ、部屋のドアまで開いたままだった。
「どうなってんの、これ?」
「どうなってんのって、あんたが閉め忘れたんでしょ」
「そうだった、そうだった」
 中には誰もいなかった。広くて生活感のない部屋を、モダン・アートが満たしている。
「へぇ、こんなの興味あったの」
「そうそう、あれが1億、これが2億」
 そしてガラス張りのベッドルームへ。

 男はオーガズムに達すると、外が妙に明るく、爆音が聞こえることに気がつく。見ると、遠くに隕石のようなものが落ちて、爆風が迫る。
「まじかよ」
 男は逃げようとするが、つまづいて転ぶ。女はため息をつく。
「あーあ」
 マンションが揺れ始める。
「イキながら死ぬって決めてたのに」
 窓ガラスが割れる。
「あんたじゃムリだったわ」
 男が顔を上げると、爆風が目と鼻の先。
「まじかよ」
 まじかよ。賢者タイムにこれはないよ。

 爆風に呑みこまれるその瞬間、男の口の中には、ブルーベリーの酸味が弾けた。


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