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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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りんごぱんだ

17/03/08 コンテスト(テーマ):第129回 時空モノガタリ文学賞 【 都市伝説 】 コメント:3件 秋 ひのこ 閲覧数:558

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 しゃりしゃりしゃりしゃり。
 カリッ、しゃくしゃくしゃく。
 
 道端でぱんだが座っていた。電信柱にぐにゃりともたれ、ぱんだが両足を投げ出しりんごをかじっていた。
 茜色の陽光を浴び、眩しそうに目を細めているが、甘酸っぱさに酔いしれているような顔にも見える。
 ノエは三歩離れたところで立ち止まり、眼鏡の下に押し込んだ指で両眼をぐりぐり揉んだ後、眉の間を2本の指でぎゅっとつまんだ。三日会社に泊まりこみ、三日で五時間も寝ていない。が、ぱんだが見えるというのは、――どうなのだろう。
 しゃりしゃりしゃりしゃり。
 ノエはとりあえず、携帯で写真を撮った。そしてその場でツイッターに投稿する。後は家に帰り気絶するようにベッドに倒れこんだ。

「もう3000もリツイートされてる。すげーな」
 二ヶ月ぶりに会った圭一が肩を揺らして携帯を覗き込んでいる。
 ノエが昨日ツイートした「りんごぱんだ」だ。
 聞いてもいないのに圭一が語るネットの反応は、曰く、「ぱんだは道端にいない」「どうせ加工」という否定的なものが3割。「電信柱が背景ww」「可愛い過ぎる」「りんごぱんだ、キャラ化希望」など肯定的なものが7割。
「で、ほんとのところはどうなの、これ加工?」
 久しぶりに会ったのに開口一番ぱんだのことばかりで、ノエはげんなり肩を落とす。
 圭一はまだ学生。付き合い始めてすぐにノエが社会人となり共通の話題が極端に減ったためか、圭一との話題はSNSに偏りがちだ。
 返事をしないノエをさして気にするでもなく、圭一は面白そうに携帯をいじり続ける。
 
 ノエの「りんごぱんだ」はあれよあれよという間に拡散され、いつの間にか「りんごぱんだ」という存在が現実からふわりと別次元へ移動し、「友だちの友だちが見た」という目撃談や「見つけたら必ずりんごをあげなければならない」といった補足情報まで付随していく。
 その様子が、圭一からいちいち流れてくる。

 一方、当の本人は寝ても覚めても仕事のこと以外考えられない。頭の中が謎の黄色い液体でぱんぱんに膨れ上がっているような感覚がもう何ヶ月も続いている。曇り切った視界に限界の文字が見え隠れしていた。
 そんなある日、やはり徹夜明けで昼前に会社を出た帰り道。

 しゃりしゃりしゃりしゃり。
 カリッ、しゃくしゃくしゃく。

 ぱんだがいた。今日も、りんごを食べている。
 ノエは、一応この状況を考えようと試みる。しかし、正直ぱんだのことなどどうでもいい。加えてこの非現実的な事態を分析・消化できるほどの余地など今のノエの頭にはどこにもない。
 その時。
 ぱんだが、黒い毛に覆われた太い腕をぬぅと伸ばし――。

 
 ノエは、りんごの写真を投稿した。『ぱんだがりんごくれた』
 
 その翌日、辞表を提出した。
 圭一にも別れを告げた。「勝手を言い誠に申し訳ありません。りんごぱんだが迎えにきてノエは山へ帰ったのだとお考えください。そんなもの納得できるかコノヤロウですよね、そうですよね。帰れる山があるならむしろ帰りたいです(しかしご存知の通り実家はヨコハマ)。ぱんだのりんごが毒林檎でノエはそれを食べて死んだとお思いください。王子様の接吻は謹んで辞退いたします」というような葉書を書いて郵便で送った。


 引っ越しのトラックを見送り、大家に鍵を返却して駅へ向かう。
 電信柱の影に、変な位置に海苔を巻いた三角おにぎりを縦に伸ばしたような巨大な毛むくじゃら。そういえば、いつもは家に向かう途中に逆方向から出会うのだった。
 ノエはこれまでで一番近くに寄った。とってつけたような黒い耳をじっと見下ろす。
 しゃりしゃりしゃりしゃり。
 まだ見えるってことは、まだ駄目なんだな、きっと。そう察し、がっかりした。
 しゃりしゃりしゃりしゃり。
「あのう、私横浜のI区に移りますので。親がですね、別に裕福でも何でもないんですが不動産をひとつもってまして、そこにちょっと。ってこんな情報はいらないですかね。とにかく、横浜のI区です。海がちょっと見えたりしますよ」
 敬語になった。別にだから会いに来いとかいうつもりはなかったが、てめえ勝手にどこ消えやがったと責められるのもどうかと思ったまでだ。むしろ、もう二度と目にしない方が心の健康に良いと思う。
「それでは」
 ぱんだを通り過ぎ二歩三歩進むと、後ろから何かがごろごろ転がってきて足にトンとぶつかった。
 りんごだ。
 ノエは振り返る。
「またですか。……まだ必要なんですか、私には」
 カリッ、しゃくしゃくしゃく……。
 ノエは腰を曲げてりんごを拾う。服の裾でぬぐい、その場でひと口かじった。甘酸っぱい果汁が口内を満たし、ぱんだと似たような顔になった。

 ノエのツイッターのアカウントは、もう削除されている。


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このストーリーに関するコメント

17/05/04 アラクネ文庫

独特の雰囲気があって大変おもしろかったです。

17/05/04 アラクネ文庫

独特の雰囲気があって大変おもしろかったです。

17/05/06 秋 ひのこ

アラクネ文庫さま
こんにちは。
個人的にはこういう雰囲気は読むのも書くのも好きなのですが、一般受けしないだろうな、とあまり書いたことがありません。
今回は「都市伝説」というお題に非常に苦労したので、思い切って書いてみました(苦笑)。
目に留めていただき、その上コメントまで頂戴し、とても嬉しかったです。
ありがとうございました!

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