ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

性別 女性
将来の夢 図書館にある子どもの本を全て読むこと。 童話作家になること。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

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17/03/08 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 ちほ 閲覧数:201

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 夕方5時からパブ『ロビン』の店主ピートは休憩時間をとる。幼い息子ウォルターとの夕食のためだ。調理室の続きの間に小さな畳敷きの部屋があり、そこを『ごはん部屋』と呼んでいた。ちゃぶ台があり、幼い手が皿を並べていく。二人の大切で楽しい憩いの時間だった。それでも客が声をかければ、ピートはカウンターへ飛んでいく。
 夕食前の忙しい時間に、ウォルターは父に黙ってひよこ豆の入った麻袋にそっと手を伸ばし、1粒取り出した。そして錆びたドアを開け、裏口から小走りで出て行く。開きっぱなしになった裏口から見えたのは、畑の隅にひよこ豆を丁寧に埋めている幼い息子の姿だった。埋め終わって戻ってきた時に盗みについて強く注意したが、秘密に事を運びたいようだったので、ひよこ豆を持ち出した理由は聞かないでおいた。
    ◇
 ピートは、不出来で不味い大豆を美味しく調理してみたいという願望に燃えていた。店の客に出すつもりはない。不味い豆がものすごく美味しくなれば考えないでもないが、まずは家族の夕食に出してみようと決めた。

──まずは『ひじきと大豆の煮物』。

 箸で、大豆を丁寧につまもうとするウォルターをジッと見ていたピートは、我に返る。息子を実験台にしているような気がしてきた。かなり上手に味付けをしたが、大豆の不味さを煮汁の甘さと濃さで誤魔化しているような? 不味くはないはずだが、この味の濃さは幼い子どもには不向きかもしれない。そのまま食卓に出してみたが、なんだか息子をお毒味役にしているみたいだ。納得した料理を目指す料理人としては軽率だった。
 ピートは、煮物の入った鍋を抱えて席を立った。皿も取り上げた。
「失敗した。ウォルター、ごめん」
 調理の失敗と息子への反省で、気分はブルーである。その日の夕食は親子丼を大急ぎで作ったが、ピートの気持ちは晴れず、明日は一日店を休むことにした。

 翌朝、昨夜は洗う気になれなかった食器を片付けようとして、例の煮物の処理に悩んだ。ここで悩むのもどうかと思ったが、一晩経って煮汁は今までになく美味しくなっている。煮汁を上手く利用すれば、美味しい新しい料理を作れるのではないか? などと、つい考えてしまう。ピートのすぐ横で、ウォルターがまたひよこ豆を1粒盗んだ。もちろん叱った。彼は素直に豆を返してから、ピートの手元の片手鍋を覗き込んだ。捨てるつもりだった煮汁が入っている。その煮汁に小さな指を突っ込んで、ウォルターは口に持っていく。
「こらっ!」
「おいしー」
「ウォルター!」
「あ、そうだ! ちょっとまってて! すぐ来るからコレすてないでね!」
 ウォルターは、『ごはん部屋』に飛び込んで子ども用の水筒を手にして戻ってきた。
「これに入れて!」
「どうするんだい?」
 彼は、水筒をちゃぷちゃぷさせながら走って裏口から出ていく。ピートも、彼を追いかけた。

 家の裏の小さな畑の隅でウォルターはしゃがみ、ひよこ豆の緑の畑を見ていた。
「ごはんあげるね。おいしいよ」
 ウォルターの可愛い声が、ひよこ豆に話しかけている。慌ててピートは止めようとした! 息子のしでかそうとしていることが読めた。彼ならやりかねない。醤油やらみりんやら料理酒で畑を荒らされたら堪らない。ウォルターの幼い夢を壊すようで心苦しいが、ピートは怒鳴った!
「ウォルター、ひよこ豆に栄養を与えても、ひよこは生まれないんだよ!」
 それでもウォルターは、夢を諦めようとしない。大きく茂ったひよこ豆を根っこから引き抜こうとしている。無事に引き抜き、彼はキャアと喜びの声を上げた。
「根っこのところみて! みて! ほら! ひよこ! ひよこがうまれたよ!」
 私に指さしてみせる。驚いた! 根の隙間をちょろちょろ走っている小さな小さなひよこの姿があった。いや、ひよこじゃない。あれは『うずら』だ!
「お父さん、ひよこ豆にあのごはんすこーしあげたの。だから、根っこからひよこ生まれたの!」
 だから、それは『うずら』。それにしても、このうずら、何処から来たのだろう? うちでは飼っていない。首を傾げていると、
「うちのうずら、来てないかねぇ?」
 お隣のイチキおばあさんがふくよかな体を揺らして、のんびりとこちらにやってきた。彼女は、うずらに夢中になっているウォルターの姿を見て言った。
「ピート、あの子にあのうずらをあげるよ。とっても気に入ったようだもの」
「すみません。ありがとうございます。この頃ひよこに入れ込んでいるんです」
「あれは『うずら』だよ?」
「あ、そうですね。ひよこ豆からひよこが生まれてきた、と思い込んでいるようなんです」

──失敗した料理の煮汁を栄養に、ひよこ豆から生まれたひよこ……と思い込んで、うずらを追いかけるウォルター。……ウォルター、君は幸せかい? そうだといいなぁ。


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