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忍者の佐藤さん

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対面の少女

17/03/05 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 忍者の佐藤 閲覧数:222

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ヒグラシの鳴く夕暮れ時、俺がいつも通り窓際の席に陣取り本を読んでいた時のことだ。
ふと椅子を引く、木で床をこする音がしてテーブルの対面に誰かが座るのが分かった。
あと30分足らずで閉館するこの田舎の図書館に人が来るなんて珍しいなと思いながら、ふと本から顔を上げて相手の顔を確認する。
その瞬間 俺は息を飲んだ。
それは未だかつて見たことがないほど整った顔立ちをした少女だった。
夕陽で照らされている彼女はこの世のものではないかのように儚い。
黒く長い髪は艶やかで、本を読むために伏せた目は優しく、どこか色気を感じさせる。
まるで中世の絵画を見ているかのようだった。
ふいに少女が俺の方を向いた。反射的に目をそらす。
あまりにも見とれていて気付かれたのだろう。俺は汗ばんだ手で高まる胸の鼓動を感じながらも、どうにか平静さを装っていた。
もう読書どころではない。俺はどうしてもこの少女との繋がりが欲しいと思った。
話しかけるか?
いや無理だ。俺は友達と話す時であっても、どもってしまって上手く話せないのだ。
こんな美少女に話しかけでもしたら心筋梗塞を起こしかねない。
そもそも見知らぬ女の子に声をかけられるくらいなら、こんな時間まで一人で本なんか読んでいない。
……それならどっかのアニメ映画のイケメンストーカーみたいに この娘の借りそうな本を片っ端から借りて記載された俺の名前を覚えてもらうのはどうだろうか?
いや、あれはイケメンだから許された事であって俺がやったら
刑事事件&逮捕起訴だ。
この歳で人生を終えるのは少し嫌だな。
じゃあ、どうする?

そうだ、靴の匂いを嗅ごう。
確かにこの方法だと彼女と直接的な知り合いにはなれないかもしれない。
それでも構わない。こんな俺が彼女との繋がりを持てる方法は他にない。
俺はとても匂いフェ、いや鋭い嗅覚を持っている。
もう会えなかったとしても俺の鼻は一生彼女の匂いを覚えているだろう。
善は急げだ。
俺はペンを取り出し、わざと机の下に転がした。
「おっと、ペンが落ちたぞ拾わなきゃ」
俺はかがんで机の下に入る。
一言。絶景だった。
薄暗い机の下、スカートの中に覗く闇。彼女の靴につながる黒いレギンスは一層その細い足を際立たせてみせていた。
俺の脈が再び激しくなる。
それは俺にとってどんな官能小説よりも、映画のラブシーンよりも刺激に満ちた光景だった。
俺はゆっくりと彼女の方へ進んでいく。
彼女の黒くツヤのある靴が近づくにつれ、俺の欲望は全てをさらけ出せと吠え立てる。
自分を落ち着かせるように、俺は静かに目を閉じた。
視覚を遮断した俺の嗅覚はより鋭さを増す。
彼女のいる方からサウナの中にいるような、湿った、ほのかに甘い匂いが届いて来る。
ああ。これが世界。
俺は急ぐ心を必死に制しながら
匂いを頼りに彼女の足元にたどり着いた。
そして腕を曲げ靴に鼻を密着させる。
今だ。
俺はまるで真空を作り出そうとするかのような勢いで力一杯息を吸い込んだ。
脳みそが揺れる。
俺の全細胞がこの匂いを待っていたと歓喜する。
立ち込める夕立、獣のような激しさ、それはただの匂いではない。
もっと直接的な、そう。愛。
全てを悟り、平和を見出した俺が彼女の靴を舐め始めたのは、
それは漁師が魚を捕ることのように自然な行為だった。
俺は舌をめいいっぱいに出し、彼女の靴をまるでカタツムリのようになぞる。
その瞬間、俺の口に広がる幸福感。
俺はまぶたの下で確かに光を見た。
一筋に差し込む、高貴な光、全人類の希望、ああ。
俺は子犬のように夢中で舐め続けた。
それが俺のカルマであるかのように、あるいは祈りだろうか。
「き、君何してるの!?」
ふっ、気付かれたか。
しかし悔いはない。俺の人生がこれで終わろうと
俺の体験した奇跡は真実で、永遠だ。

そこまできて俺はその声の主が男であることに気づく
目を開けるとそこには俺の唾液で湿った革靴。
顔を上げるとそこにはハゲたおっさん。
「!?」
声にならない声が出る。
思わず飛び上がった俺は机で思いっきり頭を打ち、
その痛みが完全に俺の意識を現実に引き戻した。
「なんか足がムズムズすると思ったら、君が四つん這いになって僕の靴を舐めていたから驚いたよ」
俺は飛び出しそうなほど目を見開き状況を整理していた。
おそらく、少女はなかなか机の下から出てこない俺を気味悪がり席を立ったのだろう。そして偶然彼女の席に座ったこのオッサンの足を俺がババババババ
俺は絶叫した。
それは体の全てを吐き出すかのような叫びだった。
いやむしろ本当に吐いたわけだが。
この日のこの体験は何年経っても俺の心に影を落とす闇となるだろう。
紫色の入道雲が浮かぶ空の下、
鮮やかに色づく憧憬の中で
ヒグラシの奏でるレクイエムは果たして夏のためか 俺のためか。


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