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氷室 エヌさん

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そして死体は三つに増えた

17/02/28 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 氷室 エヌ 閲覧数:330

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 服や化粧品などが雑多に置かれている、女性らしい寝室。その中心に鎮座しているキングサイズのベッドに、中年の男は眠っていた。
 いや、眠っているのではない――彼は死んでいた。殺されていた。僕が殺したのだ。
「ちょっと、どうすんのよこれ」
 視線をあげれば、声の主である女性と目があった。気の強そうな赤い唇にときめきつつ、僕は言葉を返す。
「いやだから、今どうするか考えてるんだよ」
 ことの発端は三時間前に遡る。僕と彼女は付き合っている。しかし今日、彼女の部屋を訪ねたら、知らない男がそこにいた。
 それだけだったら、僕だって普段は温厚な人間である、何も手に掛けるようなことはしない――ただその中年は、パンツ一丁でベッドに横になっていた。
 言い逃れる隙もない。完全なる浮気である。
 いや、彼女にとってはその中年が本命で、浮気相手は僕――なんてこともあるかもしれないが、それは考えたくない可能性なので省いておく。
 気付けば僕は、眠っている男を包丁で一突き。シャワーを浴びていた彼女が寝室に戻ってきた時には、既に中年は絶命していた。しかし、知人の死体を見ても悲鳴一つ上げないなんて、薄情な女だ。
「この人、君の知り合い?」
「ええ。しつこく言い寄ってきて面倒だったの。今日話をつけようと思ってたのよ、もう関わらないでって」
「それで何でこの人は裸でベッドにいて、君はシャワーを浴びる必要があるんだよ」
「色々あるのよ、男女の関係ってのは」
 僕と君も男女の関係じゃないか。そう思ったが言わなかった。僕は死体に刺さっている包丁を抜き取る。
「一緒に捨てに行こう。警察にばれるわけにはいかない」
 僕は血に濡れたシーツと毛布を死体に巻き付け、簡単に解けないようにきつく結んだ。筒状になったそれを何とか運び出し、僕の車に押し込んだ。
「で、どこ行くの? 死体を捨てるって言ったって、この辺に山なんかないわよ」
 助手席に座った彼女は、咄嗟に持ってきたらしい鞄の中を確認している。僕は車のエンジンをかけた。
「近所に廃ビルがあるだろ。そこの屋上から捨てる」
「ああ、あの自殺の名所って有名なところね。飛び降り自殺に見せかけるってこと?」
「君、理解が早いね……そう。体がばらばらになれば、ナイフの刺し傷なんて分からなくなるだろ」
 車を走らせて数十分、僕達は目的のビルに到着した。重いと文句を言う彼女と一緒に死体を屋上まで運ぶ。手の震えと吐き気を抑え込んで、僕は死体に巻き付けていた毛布とシーツを剥いだ。
「……悪く思わないでくれ」
 風の強い屋上から、なるべく下を見ないようにして死体を落とす。べしゃ、という鈍い音がした。
「顔色が悪いわ。これ飲む?」
 息を荒くする僕に、彼女は鞄から取り出したペットボトルを差し出す。優しいところもあるんだなと思いながら、僕はそのスポーツドリンクを一口飲んだ。
 なんだか変な味がする、と思った瞬間に、僕の世界は暗転する。全てを理解した時にはもう遅く、僕は消える意識の中で考えた。
 失敗した――と。
   ■
「自分が殺したわけじゃないのに処理までしてくれるなんて、本当にありがたいわ」
 女性は突然倒れた青年を蹴り飛ばし、ビルから彼を突き落とす。べしゃ、と先程と同じような音がして、下界の死体は二つに増えた。
 転がったペットボトルを拾い上げ、彼女はそれを眼前に掲げる。
「二人とも、こう簡単に死んでくれるなんてね」
 彼女にとっては青年も、ベッドで死んだ中年も、どちらも本命ではなかった。ただのしつこく言い寄ってくる面倒な人間――その程度の認識でしかない。だから、どちらも殺してしまおうと思っていた。ひとまず今日は、中年のほうを先に殺す予定だったのだ。甘い言葉で誘惑し、家に上げてから毒殺する。
 毒薬入りの飲料を飲ませたら、中年が吐きながら絶命した。彼女がシャワーで吐瀉物を洗い流しているところに現れたのが、もう一人の面倒な男である。
 勝手に逆上して自分が殺したと勘違いしてくれたのだから、ありがたい話だ。彼女はその話に乗っかることにした。その結果がこれだ――彼女にとっては最高で、最良の結果。成功と言っても差し支えない。
「さて、もうこんな辛気くさいところに用はないし、さっさと帰っ――」
 と、彼女が足を一歩踏み出そうとした時だった。
 一際強い風が吹いて、彼女が思わずよろける。その風は、彼女に人生を惑わされた男達の怨念によるものかもしれない。
 こぼれていた毒薬入りの飲料で足を滑らせ、そのまま彼女は屋上から落ちていった。空中に投げ出され、地上へと真っ逆様に落ちていく中で、彼女は考える。
 ああ、失敗した、まさかこんなことで――と。


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