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光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

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『ばいせくる』の遺言

17/02/27 コンテスト(テーマ):第128回 時空モノガタリ文学賞 【 自転車 】 コメント:5件 光石七 閲覧数:702

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 美術室で一人、石膏の胸像をモデルにデッサンを繰り返す。美術部には十人ほど在籍しているが、半分は幽霊部員で残りの連中も気が向いた時しか来ない。真面目に活動しているのは僕くらいだ。顧問の美術教師は基本放任主義、でもこちらが助言を求めればちゃんと指導してくれる。今週は三者面談で忙しいらしく、まだ一度も描いた絵を見てもらっていない。
 かく言う僕も今日が三者面談だった。第一志望に書いたT大医学部は今の成績を維持できれば合格ラインだと担任に言われ、母さんは嬉しそうだった。受験まであと一年半、気を抜かずに頑張れという話で終わった。カリキュラムの充実した医学部で学び、父さんのような立派な医者になり、父さんの病院を継ぐ。両親が望むレールの上を僕は歩もうとしている。
「へー、うまいじゃん」
 急に背後から声を掛けられ、びっくりした。振り返ると、ジャージ姿の少年が立っていた。
「久しぶり、陸翔」
「えっと……ごめん、誰?」
 校内にいるということはうちの生徒だろうが、見覚えのない顔だ。
「俺だよ、『ばいせくる』」
「……は?」
「ありゃりゃ、忘れちゃったかー……って、俺もこんな姿だしな。わからないのも無理ないか」
 『ばいせくる』を名乗る少年は両手を広げ、点検するように自分の体を見回す。
「……君は誰? 僕に何か用?」
「俺は『ばいせくる』、自転車だよ。用件は……陸翔にお別れを言いに来た」
「……ちょっと待って、意味わかんない」
「昔、俺に乗ってあちこちスケッチに行ってただろ?」
「え……え、ええっ!?」
 思わず立ち上がった。思い出した。小二の時、買ってもらった自転車に『ばいせくる』と名前を付けた。カタカナ発音もいいところだったが、こんな難しい英単語を知っている自分がカッコいいと思い、「ばいせくる、待ってろよ」とか「ばいせくる、ゴー!」とか話しかけていた。高学年になるとさすがにそういう恥ずかしい真似はやめたが、それでも『ばいせくる』は小学生時代の僕の相棒だった。中学からはバス・電車通学で自転車自体に乗らなくなり、いつしか『ばいせくる』の存在を忘れてしまっていた。
「……本当に『ばいせくる』?」
「そう言ってるだろ」
「なんで人間の姿? お別れって何?」
「俺、この前廃品回収に出されてさー。どうやらスクラップ行きらしいんだわ。話せば長いんだけどさ、一言で説明すんなら、俺に同情したどっかの神様が、少しの間陸翔と話せるように魔法をかけてくれたってトコ」
 驚きやら切なさやら突っ込んで質問したい気持ちやら、心の中がごちゃ混ぜだ。そういえば、母さんが物置を整理してた気がする。
「あんま長くはここにいられないから、伝えたいこと言っとくな。――俺、陸翔に乗ってもらってすごく幸せだった。めっちゃ楽しかった。ありがとな」
「こちらこそ……ありがとう」
 『ばいせくる』との思い出が次々と浮かんでくる。
「元気そうで安心した。絵も続けてるみたいだし。いい絵描きになれよ」
「えっ……」
 『ばいせくる』は僕が昔語った将来の夢を覚えていたらしい。
「いや……画家にはならないよ。医者になって父さんの後を継がなきゃ」
「へ? 夢、変わっちゃったわけ?」
「変わったっていうか……親がそれを期待してるから……」
「何だよ、それ? 陸翔自身はどうしたいんだ? 医者になりたいって本心から願ってんのか?」
「それは……」
 答えに詰まった。
「……こんなに何枚も同じ絵描いてる。本当は今も絵描きに憧れてて、絵の勉強をしたいとか?」
 誰にも話していない胸の奥にくすぶる思いを言い当てられた。
「絵の道に進みたいなら、進めばいいじゃん」
「でも……僕は一人息子で跡取りだし……」
「わっかんねーな。せっかく自分の意志で、自分の足で、行きたいところに行けるっつーのに。なんで行きたい道を行かない? なんで自分の一番の夢を諦めるんだよ?」
 『ばいせくる』はまっすぐ僕の目を見てくる。
「誰かに操縦されて進むんなら、自転車にもできんだよ。陸翔は人間だろ? 自転車よりずっと自由じゃん。やりたいことをやらなきゃ、もったいなくね?」
「そ、そんなこと言ったって……人間だって色々と……」
 言い返そうとしたら、『ばいせくる』の周りが光り始めた。『ばいせくる』の体が透けていく。
「あちゃー、時間だ。陸翔、元気でいろよ。幸せになれ。後悔しないよう、自分の望む道を――」
 尻切れの別れの台詞を残し、『ばいせくる』は光と共に消えた。
「……自転車のくせに。好き勝手言いやがって……」
 描きかけのデッサンの前に座り直す。――自転車よりずっと自由、か。
「おー、奥野。相変わらず一人だけ熱心だな」
 顧問が美術室に入ってきた。

 家族揃っての夕食の席で、僕は思い切って口を開いた。
「父さん、母さん。実は僕……」


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このストーリーに関するコメント

17/02/27 あずみの白馬

拝読させていただきました。
本当の夢に向かうことは難しいものですね。
主人公のこの後が楽しみでもあり、怖くもあります。

17/02/28 のあみっと二等兵

拝読させていただきました。
「ばいせくる」を通して、いろいろな意味で「忘れていたモノ」を思い出す流れが素敵だと思います。
素敵な作品をありがとうございました。

17/03/03 光石七

>あずみの白馬さん
コメントありがとうございます。
夢があってもいろんな事情で諦めざるを得ないケースも多いと思いますが、この主人公は可能性を模索する前に諦めかけていたので、自分の本当の夢ともう一度向き合ってもらおうと考え、このような話にしました。
頭ごなしに否定するような両親ではないつもりですが……どうだろう? ←おい
絵の勉強と一口に言ってもいろんな道があると思うので、主人公が一番納得のいく選択をしてくれればいいなと思います。

>のあみっと二等兵さん
コメントありがとうございます。
「自転車は誰かに乗ってもらわないと自分では動けないんだよなあ……」と気付き、そこから『ばいせくる』の説教台詞が浮かんで、この話が出来ました。
ちなみに自転車に名前を付けて話しかけるくだりは、自分の小学生時代の経験が元になっています(苦笑) 『ばいせくる』という名前ではありませんでしたが。
『ばいせくる』を通してもう一度自分の夢と向き合う話にしたかったので、そこを汲み取っていただけてうれしいです。

17/03/17 冬垣ひなた

光石七さん、拝読しました。

自転車よりずっと自由……消えゆく『ばいせくる』の言葉が胸に響くお話でした。子供の頃の自由な時間が続くはずないという思い込みって、誰でもあるものです。主人公が納得できる将来の夢が見つかるといいですね。

17/03/19 光石七

>冬垣ひなたさん
コメントありがとうございます。
説教臭すぎたかなと思っていますが、『ばいせくる』の説教台詞ありきで出来た話なので、胸に響くとおっしゃっていただきうれしいです。
確かに成長するにつれ何もかも望みどおりにいくわけではないことに気付きますし、制約や忍耐、諦めなどから逃れられないことも多くなっていきますが、自分で自分の可能性を狭めてしまう部分もあると思います。
主人公への温かい言葉をありがとうございます。両親へ自分の正直な気持ちを伝えたうえで、最良の道がみつかるといいなと私も思います。

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